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ビタミンは身体に必要な物質やエネルギーを作る際に欠かせない栄養素の1つです。作用はその種類によってやや異なりますが、特に皮膚の病気とビタミンとの間には密接な関わりがあります。たとえば、ビタミンAは細胞に働きかけて傷ついた皮膚の修復をサポートし、ビタミンBは免疫力を高めることで皮膚の感染症を防ぎます。ビタミンCは、皮膚や血管のもととなるコラーゲンを作るために必要な成分です。このように、ビタミンは皮膚にとってさまざまなメリットをもたらしますが、その一方、一部のビタミンは、大人ニキビ、赤ら顔やほてりなどの症状を示す皮膚の病気「酒さ」の原因になると言われています。
その中でも気を付けなくてはならないのは多くのサプリメントや食品に含まれている「ナイアシン(ニコチン酸)」というビタミンです。ビタミンB群には、ビタミンB1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12の8つのビタミンが含まれますが、このうちビタミンB3にあたるのがナイアシンです。
近年、全米酒さ協会の協力のもと行われた研究によって、ナイアシンが赤ら顔を引き起こす分子的な経路が明らかになりました。この発見によって、酒さにみられる赤ら顔やそれに伴うニキビ様の皮疹の治すための新しい治療法を生み出せるのではないかと期待されています。
酒さで赤ら顔が生じる原因については、これまでほとんど何も分かっていない状態が続いていました。
酒さを引き起こす食品として、乳製品、牛のレバー、酵母菌(パン)、アボカド、ほうれん草などが報告されており、これらの食品にはナイアシンが豊富に含まれています。このためナイアシンの摂取をきっかけに赤ら顔が悪化するのではないかと言われてはいましたが、その機序は不明で、酒さの原因と言い切るだけの証拠が得られていませんでした。
今回、その機序を明らかにするために分子レベルで調査を行った結果、ついにナイアシンと酒さを結びつける重大な分子経路が発見されました。酒さの原因を解明するためにも、酒さを治療するためにも、一番重要なのは原因の本質を理解することです。
身体を構成している細胞1つ1つには、受容体といって、特定の物質を受容(認識)して、その情報を神経組織に伝達するという構造が多数存在しています。受容体は物質の形を認識して1対1対応するものであり、ナイアシン受容体であればナイアシンのみ(あるいはナイアシンによく似た構造をもつ物質)を認識します。
ナイアシン受容体の1つであるGPR109Aという受容体は、ナイアシンを認識すると、Gタンパク質とβアレスチンタンパク質という2つのタンパク質を活性化します。これらのタンパク質はいずれも細胞間の情報交換や物質の輸送など、分子レベルでの情報伝達の役割を果たしています。
受容体は物質の形を認識するため、ナイアシン受容体であれば、ナイアシンに似た物質を投与することでも、誤ってナイアシンと認識して、その後の神経伝達へと進んでいきます。
今回の調査では、ナイアシンによって活性化する2つのタンパク質(Gタンパク質、βアレスチンタンパク質)に注目し、いずれかのタンパク質が赤ら顔の原因になっているのではないかという推測のもと行われました。
研究者らはナイアシンの構造によく似た成分を作成して、ナイアシンの作用のうちGタンパク質のみを活性化するような仕組みを作りました。そして、このナイアシン様の物質を投与した結果、赤ら顔は発症しませんでした。
このことから、ナイアシンによって活性化していたGタンパク質、βアレスチンタンパク質のうち、赤ら顔を引き起こしていたのはβアレスチンタンパク質であることが分かりました。
さらにその後の研究で、βアレスチンタンパク質が赤ら顔を引き起こす仕組みを解明することに成功しました。βアレスチンタンパク質が活性化すると、血管拡張作用をもつプロスタグランジンという物質が産生されます。この物質は皮下の血管のうち、特に顔や上半身の血管に働きかけます。血管が拡張することでそこに流れる血液量が増え、その結果、顔が熱を持ち、皮膚の色調が赤く変化するのです。
ここまで、ナイアシンがどのように酒さを引き起こすかという点を解説してきました。ではナイアシンは不要なビタミンかというとそうではなく、実は身体にとって必要不可欠な栄養素なのです。過剰量のナイアシンは赤ら顔の原因になりますが、不足してしまうと、ペラグラという病気を引き起こします。
ペラグラは皮膚炎、下痢、認知症の3つの症状を特徴とする病気です。皮膚炎として重要なのは「光線過敏症」という症状です。光線過敏症では、日光が当たる部分を中心に、特に顔や首の前面、腕や手の甲に皮疹が出現します。皮疹は紅~紫色で、水ぶくれ、水ぶくれが破れるとびらん(ただれ)や潰瘍へと進展します。
つまり、ナイアシンは不足しても過剰になっても、赤ら顔やニキビ様の皮疹の原因となるのです。
ナイアシンが赤ら顔を引き起こす分子経路が明らかになったことで、この経路を断つような方法が開発されれば、酒さによる赤ら顔を根本的に治療することが可能ではないかと考えられています。
今回は酒さに注目した研究でしたが、酒さ以外の病気であっても、赤ら顔を示すようなものでは、この分子経路が利用されているかもしれません。したがって今回の研究では、酒さに留まらず、顔のほてりを示すような病気のメカニズムと関係している可能性があり、広い分野にわたって重要な発見になったと考えられています。
https://www.rosacea.org/rr/2010/winter/article_2.php
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsci/38/1/38_37/_pdf
https://www.jci.org/articles/view/27160
http://www.nakano-med.or.jp/topics/200705.php(中野区医師会:ビタミン総論)